2012年02月01日

「北海道雑学」 旧広尾線

 いつものようにNHK「ラジオ朝一番」を聞いていた。すると「今日は何の日」のコーナーで、今日が広尾線が廃線となった日だという。

 広尾線は帯広から広尾まで、全長84kmを17の駅で結んでいたローカル線である。かつて雪の十勝大雪原をSLが走る姿は見事なまでの白黒のコントラストで、鉄道ファンには格好の被写体であった。しかし、1987年(昭和62年)2月1日、惜しまれつつも廃線となったのである。

 私がこのローカル線に初めて乗ったのは今から35年も前のこと。1977年(昭和52年)だった。大学を卒業した年で札幌の会社に勤め始めていた。仕事に行き詰まったのか、6月に「プチひとり旅」に出ている。

 千歳線〜様似線を経由、そこからはバスでエリモ岬を回って広尾に着きこのローカル線に乗った。

広尾線 001.jpg

                (当時の幸福駅ホーム)

 当時、芹洋子さんの「愛の国から幸福へ」の曲(1974年リリース)がヒットし、幸福駅は一大ブームとなっていた。

広尾線 002.jpg

 この駅舎は今も旧広尾線に残っており、先日紹介した「帯広氷まつり」のメイン雪像にもなっている。(1月27日の写真と比べてみて下さい)

 その後、私は帯広に移り住み、広島での妹の結婚披露宴に「愛国から幸福行き」の切符を100枚ぐらい買って参列、列席者に配った記憶がある。

広尾線 003.jpg

      (これは大正駅で当時の旅行中に買ったもの、52/6/16の刻印がある)

 この時は、まさか自分がその後帯広で家庭を持つなどとはこれっぽっちも考えていなかったのだが・・・(笑)。

 「愛国駅」や「幸福駅」は我が家から2〜30分のところにある。本州から友人や親戚が来た時など何度も駅には行っているが、あとにも先にも、広尾線に乗ったのはあの時一回だけである。




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2012年01月31日

台湾について そのA

                 歴史と民族

 私たちがまだ学生の頃、台湾は「中華民国」、そして中国は「中華人民共和国」というのが一般的な名称だった。

 1971年、中国が国としての代表権が認められ国連に加盟すると、当然台湾は脱退することになった。翌1972年に日本は田中総理のもと、中国との国交を樹立し台湾とは事実上の断交となった。

 しかし、それは国際協約上の政治的名目で、実際には経済・文化の交流はより緊密になったといえる。事実その後には台湾で日本語放送の解禁にもつながっている。

 アメリカもやはり人情より国益?日本と同様に1979年に中国との国交を回復、台湾とは断交ということになっている。しかし、未だ中国の批判を浴びながらも武器輸出を含め経済活動は切り離すことができないでいる。

 「二枚舌外交」?いったいこれらの不思議な国と国の関係はなんなんだろう?


 台湾が外交に戸惑う理由はまだある。私は少なくとも20年前ぐらいまで、台湾は「単一民族国家」だと思っていた。ところが多くの少数民族が混在する「多民族国家」なのである。

 かつてはオランダやスペインの植民地そして日本の統治下に置かれた。しかし、もともと台湾には南の島から渡ってきたポリネシア系の先住民族が暮らしており、そこへ大陸から漢族もやって来た。主に中国福建省からの移民であった。

 台湾ではこれらの戦前から住んでいた人達を「内省人」、そして戦後(1945年以降)蒋介石の南京国民政府軍一派とともに大陸を追われて、いわゆる「中華民国」を設立した人達を「外省人」と呼んで区別する。

 今でも台湾が中国との交流を深めて行きたい「親中国派」と、一線を画す「反中国派」に別れて国会で殴り合いの争いに発展するのも、背景にはこれらの感情が潜在しているからに他ならないからだと私は思う。

 さて、私は2001年11月13日、台北発8時40分の特急で花蓮(ファリェン)に降り立った。

台湾 001.jpg

              (上:台北駅ホーム 下:花蓮駅)

 この花蓮から台東にかけての台湾東部には、今でも少数の先住民族が暮らしており、文化も残っている。この日のホテルでは、その少数民族のひとつ「アミ族」の歌や踊りを観賞した。なんだか北海道のアイヌ民族を見ているようだったと感じたのを思い出す。

 このあと鉄道は内陸に入るので、海岸線に沿って台湾東部をバスで南下したのだった。

                                       つづく







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2012年01月29日

台湾について その@

               台湾旅行のきっかけは?

 これまでに「海外旅行のエピソード」で記載してない国・地域はまだたくさんある。今まで出てこなかったということは、これといった印象がなかったのか、あってもそれにまつわるエピソードが浮かばなかったからだろう。

 ガイドブックですむような、単なる観光地のことを語ってもしょうがないし、読者も興味を示さないと思っていた。だけど、話題が乏しくなってきたらそうも言っておれなくなった(笑)。

 今回は台湾について少々記載してみたい。

 私が台湾についてちらっと触れたのは、スポーツのカテゴリで「野球のワールドカップ」について書いた時だけだったと思う。

 だけど、考えてみればこの国(一般には国ではなく地域に属する)は、日本にとってなくてはならない最も重要な国のひとつであるといえる。

 昨年の「東日本大震災」においては、義援金国別ランキングでダントツの1位。百億円をゆうに越えた。他に百億を越えたところはない。台湾出身で日本国籍を持つ金美齢さんは、「日本政府はもっとはっきりと台湾に感謝の意を表すべきだ」と言っていたが私もそう思う。常に中国の顔色を伺いながら・・・というのは実に情けない。

 震災後、多くの外国人観光客が日本を敬遠する中、いち早く戻ってきてくれたのがこれも台湾からの人達だった。北海道の観光業界は近年、海外からの依存度が増してきていただけに大助かりだろう。

 一方、韓国人・中国人はまだ警戒感が強いようだ。「真の友人は困った時にどれだけ相手のことを気遣えるか」というもんだが・・・。

 戦時中のわだかまりから反日感情を引きずる東南アジアの国は多い。しかし、意外にも親日家が多いのも台湾の特徴だ。

 そんな台湾を私が訪れたのは2001年の11月11日から17日までの一週間。そしてそのあとすぐマレーシア「ペナン島」へ飛んだというあの旅である。9.11アメリカの同時多発テロでインド・ネパール旅行が余儀なく中止に追い込まれた代替の旅となったのだから、因縁といえば因縁。あれがなければ一生ここへ来ることはなかったかも知れない。

 台北で故宮博物院など、ひと通りの市内観光を終えたあと、台北駅から東回りに列車で花蓮へ向ったのである。

                                   次回へつづく

台湾 002.jpg

             (台北駅とチケット売り場)






posted by とかちのヤッチャン at 16:11| Comment(0) | 海外旅行のエピソード | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2012年01月27日

帯広氷まつり

 帯広は昨日が今期最低の−22.3℃だったという。この日日本一寒かった占冠は更に10度近くも低く−31.4℃になった。結局あの日の「真冬日脱出」は一日で終わってしまった。冬らしくていいんじゃないの?

 帯広では今日から「氷まつり」が始まる。昨夜、夜勤で今朝職場から会場に直行。オープニングは10時からなので会場にはまだスタッフと露店準備の人達だけだった。

氷まつり 001.jpg氷まつり 002.jpg

                今年の大雪象は「幸福駅」

氷まつり 003.jpg

 この雪像と氷像はなんかようわからん?

 この時、朝の7時半。顔がチクチクなるぐらいめっちゃ寒い。あとで聞いたら、今朝の帯広は昨日の最低を更にわずか下回って−22.5℃だったという。そりゃ寒いわ、車通勤なので外歩き用の防寒着はなく、薄着のまま会場を眺めていた(笑)。会場にいた関係者には「あいつバカじゃないの」って思われたかもしれない。

氷まつり 004.jpg

              ただ今「氷の彫刻」作成中

 もうひとつ驚いたこと。個人や仲間で作る氷の彫刻、てっきり何日も前に作ってあるものだと思っていた。ところが用意してるのは土台になる氷の固まりだけ。私が歩いてまわった当日の朝、せっせとチェーンソーやのこぎり、ノミで削っていた。

 氷点下20℃以下のこのクソ寒い中、私は歩くだけでも手足の先がしびれてきたのに、この人達は重い道具を持って一生懸命「芸術作品」に取り組んでいる。すごい精神力だ。でも「ワカサギ釣り」行ったらこのくらいの寒さの中何時間も頑張れるが、それと違うか?(笑)まあ、どっちも好きでなきゃやってられんわ。

氷まつり 005.jpg

 あと数時間もすれば、この道の両側に氷の彫刻は並んでるはずだ。その頃、私は温泉に浸かっていた(笑)。








posted by とかちのヤッチャン at 16:13| Comment(0) | 日記 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2012年01月25日

最初の道

 いつもの私の散歩コースの途中に小さな公園がある。一度紹介したことのある「ぶら下がり鉄棒」のあるところだ。

雪道 001.jpg

 散歩中必ずこの公園に入ってぶら下がる。初めは20秒でアップアップだったけど、今では30秒でも楽勝になった。それに雪の降る前は飛びつかなければぶら下がれなかったのに、今は飛ばなくても手が届く(笑)。

 しかし、ここまでたどり着くには、雪が降るたびに自分で道を開拓しなければならなかった。冬の間だれも来る人はいないからだ。

 年末に降った50センチの大雪の後、そこまでの道を切り開くのは大変だった。そして先日も20センチほど積もって、もうすでに3回もひとりで道を作ってきた。

雪道 002.jpg雪道 003.jpg

           私が道をつけたところ。全長で50mぐらいか?


 何ごとにおいても、人の歩いた道をたどるのは簡単だけど、初めて挑む人は相当な覚悟が必要だったに違いない。

 マゼランやアムンゼンのような冒険家もそうだし、科学、医療などの分野の先駆者も最初に手がけた人の苦労は並大抵のことではなかったと思う。

 前例がなく、初めて「ふぐ」や「きのこ」食って命を落とした人も・・・。その人達のおかげで現在の人達はおいしい物も食べられるし、便利な技術もあたりまえのように使えるんだろう。私には公園への道をつけるぐらいしかできないが・・・(笑)。自分でつけた雪道を歩きながら、あの詩を思い浮かべた。

      「道程」 
                      高村光太郎

     僕の前に道はない

     僕のうしろに道は出来る

     ああ、自然よ、父よ・・・

     僕を一人立ちさせた広大な父よ・・・(以下省略)


(編集後記)
 昨日の北海道のテレビはどのチャンネルを回しても、ダルビッシュの退団セレモニーのライブ中継一色。北海道民にとってそれほど彼の存在は大きかったのか?

 今でこそ、こうして気軽にメジャーリーグに行くことができるが、それも先駆者となった野茂英雄の功績があったからこそ。やっぱり初めてチャレンジした人はすごい。さて、わたしゃどの道を開拓しようか?公園の道をつけるのが関の山か?



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posted by とかちのヤッチャン at 16:02| Comment(0) | エッセイ | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2012年01月23日

真冬日脱出

 昨日から降り続いていた雪は今朝までに20cmぐらい積もっていた。十勝は天気が崩れると寒気も緩む。どうも今朝は暖かいと思ったら−6℃ぐらいだったらしい。ずっと−15℃以下だったからとても暖かく感じる。それに今日の最高気温が2℃の予報でやっとプラスになりそう。「真冬日」脱出である。

 真冬日は二週間ぐらい続いていた。やっと寒気が緩んだけど、明日からまた「真冬日」なるらしい。

真冬日脱出 002.jpg真冬日脱出 001.jpg

 今朝8時半頃の我が家:雪かき半ばです。一番先にカーポートの雪を下ろします。もう20年以上経つので、雪の重さでカーポートの支柱が斜めになってしまっています(笑)


(編集後記)
 昨日が夫婦の日。毎月恒例の妻と「温泉&ランチ」でした。ただ昨日は日曜日なので雪降りにもかかわらずどこも混んでいました。だから温泉ではあまりのんびりできません。やっぱり「夫婦の日」は平日であって欲しいと思うのはぜいたくでしょうか?(笑)







posted by とかちのヤッチャン at 09:50| Comment(0) | 日記 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2012年01月21日

食事制限 そのA

              秦の始皇帝も求めた「不老不死の霊薬」

 昨日の続きに入ろう。

 日本には昔から「腹八分目」という教えがあった。昔の人も「食べ過ぎは良くない」(食事制限は健康に良い)ということは分かっていたのだろう。ただ、サーチュイン遺伝子を有効に働かせようと思えば「八分目」ではなく「腹七分目」が適量だという。

 今から2300年も前、あの秦の始皇帝は「不老不死の霊薬」を求めて、遠くの国まで使いをやったという。「万里の長城」や「兵馬庸」を築いた当時の最高権力者でさえ当然、己の体をコントロールすることはできない。永遠の権力を誇示し、広大な国土にいつまでも君臨したかった気持ちは分るが・・・。

 しかし、「不死」とはいえないまでも「不老長寿」の妙薬は遠くではなく、意外にも身近(自分の体の中)にあったというのは皮肉なものだ。それが「サーチュイン遺伝子」なのである。

 血管、脳、内臓諸器官それに肌も、老化の要因はいろいろあるが、カロリー少な目の食事を続けることによってこの「サーチュイン遺伝子」が活発になってそれらの器官の老化を防ぎ始めるという。

 まあ、そこまでして長生きしたくはないという人でも、今日の話が「暴飲暴食」の自粛につながれば多少なりとも寿命は延びるかもしれない(笑)。この妙薬をうまく使いこなせるかは「あなた次第」ということである。


(編集後記)
 ビクトル・ユーゴーは著書「死刑囚最後の日」の中で「人間はみな、いつ刑が執行されるかわからない、猶予付きの死刑囚なのだ」と書いています。
 人はみな例外なく、生まれたその瞬間から一歩づつ死に近づいて行くのだからそれは当然なのでしょう。それなら今を一生懸命生きて、充実した人生で終わりたいものです。







posted by とかちのヤッチャン at 15:23| Comment(0) | 雑学・統計・社会情勢 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2012年01月20日

食事制限 その@

                 「サーチュイン遺伝子」

 昨日まで恒例の「プチ断食」をしていた。断食というより「食事制限」と言った方があてはまるかもしれない。というのも、これまでも、もともと野菜と飲み物はOKだったけど、今回は大幅に規制緩和してカロリーの低い物は結構摂取したからだ。

 4日間でほぼ2Kgの体重減となった。いつもすぐ食事をいきなり元に戻して一週間程度でリバウンドしてしまうが、今回は維持できるように摂取量を管理しようと思っている。可能なら更なる減量といきたい。(理想ですが・・・。)


 ところでみなさんは「サーチュイン遺伝子」というのをご存知だろうか?

 すべての人間のみならず、地球上のほとんどの生物が持っているいわば「不老長寿」の妙薬のようなものである。

 10年ほど前にアメリカ、マサチューセッツ工科大学生物学部のレオナルド・ギャラン教授により発見された遺伝子で、生物の老化を遅らせ、うまく機能させれば人間なら平均寿命が100歳を超えるといわれている。(平均がですよ。でもみんな百まで生きたら世の中大変なことになってしまうからほどほどがいいのかも・・・笑)

 じゃ、どうしたら「その機能が有効に活性化するか?」というとポイントは食事の「カロリー制限」だそうだ。なぜなら生物にとって食料が少なくなってくると、必然的に体力を維持しようとする本能が働くからだという。

 動物実験がある。少ないエサを与え続けたサルと好きなだけ食べて常に満腹状態のサルを比較すると、健康状態だけでなくエサの少ないサルは毛並みや顔色でも若さを保っていたが、エサの多いサルは外観も明らかに老け込んだ。(「サーチュイン遺伝子」が有効に働いたか、そうでないかの違いによる)


 さて、話は佳境に入ったところで長くなりそうなのでこの続きは明日にしよう。


(編集後記)
 帯広はやっぱり今日も「冷凍庫」でした。今日は関東以西でも多くの地域で雪が降ったとか。インフルエンザもぼちぼち流行の兆しをみせてきたし、みなさんも風邪など引かぬようお過ごしくださいませ。
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2012年01月18日

ただ今「冷凍庫」状態

 最近の十勝地方はまさに「冷凍庫」状態だ。帯広はこの一週間、最低気温が−18℃前後で推移している。当然ながら、過去に紹介した「日本一寒い町」として知られる同じ管内の陸別町に至っては、今月の11日からきのう17日まで7日連続で全国の最低気温を記録した。その間の平均が−27.9℃だという。

 その中で陸別町は数十年ぶりに、5日間連続−28度を下回ったというから、もはや町中が「冷凍庫」という他ない。普通なら人が住めるような所じゃないと思うのだが、町民は平然と、そして着々と例の「しばれフェスティバル」の準備にとりかかっており、むしろこの寒さを歓迎しているというから恐れ入る。

 きのうが網走での「流氷初日」(陸地から肉眼で流氷が見えた日)だったらしい。昨年より2日、例年より4日早いというのでまあ、普通なんだろう。知床半島の一部にはすでに接岸しているところもある。

 そんなところよりは幾分かましなのかもしれないが、帯広の真冬日(一日中氷点下)は何日続いているんだ?ここ何日も日中の最高気温が−5℃前後しか上がっていない。なかなかプラスにならないのだ。

 そんなこといってもまあ、今の時期としては普通のことなんだが、例年なら一週間もすれば寒気も一段落して一時的に緩む。ところが今年は今のところそれもない。恵まれているのは天気だけ。毎日快晴である。だからますます「放射冷却」で冷え込むのだろう。

 毎日のNHKの天気図では、全国的に天気の悪い日でも帯広だけはいつも「晴れマーク」がついている。今テスト中の「太陽光発電」も実験プラントのみにとどまらず、本格導入するにも十勝は適所だといえるのかもしれない。

 この十勝の冬場の好天は、大陸からの季節風の壁となってくれている「日高山脈」の恩恵でもある。しかしその風をもろに受ける北海道の日本海側は記録的な大雪に見舞われている。特に岩見沢は観測史上最高?の積雪に死傷者も出て、とうとう災害派遣要請を受けた自衛隊が今日から出動だ。


(編集後記)
 寒さにしろ大雪にしろ、普通なら困ったもんだけど、陸別町やスキー場にとってはむしろ好都合。日ごろの生活でも、不都合を良い事に転化するアイデアを常に考えていれば不運も苦にならないと思う。口で言うのは簡単だが・・・(笑)
posted by とかちのヤッチャン at 15:14| Comment(0) | 気候 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2012年01月15日

 「連鎖反応」

            喜びも悲しみも続けてやって来る

 「喜べば 喜びごとが 喜んで 喜びを連れて 喜びに来る」  −道歌−

 笑顔のあるところに幸運がどんどんやって来る。Nさんからこの言葉を送られて、私のノートに書き留めたのはもう2年ぐらい前になる。「福が福を呼ぶ」ということだろう。

 話は変わるが、きのう朝のNHKラジオ「著者に聞きたい本の壷」のゲストが「野蛮な読書」の著者である平松洋子さんだった。

 彼女はその著書の中でこんなことをいっている。

        「本が本を連れてくる」

 あれっ・・。これって「福」を「本」に変えただけじゃないの? ものごとには流れというものがあり、ある一定の方向に傾くと「連鎖反応」のようにドドッとやって来ることが多い。良い事も悪いことも・・・。

 平松さん曰く。「ひとつの本を読めば、それに関連するまた別の本が読みたくなる」。これが「本が本を呼ぶ」ということなのか。なるほど、私のベッドにはこうして連れてこられた本達が数冊あり、その中に未だ読みかけのものも3冊ほどある。

 早く消化したいんだけど、読みたい本が次々に現われて中途半端になっているのが現状である(笑)。


 ところで、連鎖が「本」や「良いこと」ばかりなら大歓迎なのだが、世の中そうはうまくいかないことの方が多い。悪いことも続く。先日も阿寒でのワカサギ釣りの時がそうだった。

 悪い時は連鎖しないように早く断ち切ること。その方法は、どんな困難に出会ってもできるだけ「悲観」しないように心がけることだろう。私も最近は面倒なことも常に楽観視しているので、妻には時々あきれられている次第だ。明日、「食う物」がなくなっても笑っていられるか・・・?(笑)。


(編集後記)
 平松さんはまた、こんなことも言っていた。「同じ本を何度も読み返すんです」と。同じ本でも、20代で読んだ時と30代で読んだ時ではその受け止め方が違うという。

 なるほど、確かにそういうことはある。また初読で見逃してた重要なポイントを2度目で拾い上げるということもある。

 更に本にも「旬」があるようで、Sさんは「龍馬がゆく」と「深夜特急」は20代で読んでおかなければならない本だって言ってた。私は「深夜特急」の方はまだ読んでない。ドラマでは見たけど・・・。
posted by とかちのヤッチャン at 10:58| Comment(0) | 人生 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする